「G・O・G〜〜Greenislands Of Girlfriends」に収録されている短編をいまさらですがここにあげてみます。
この本に主に収録されているお話と同じ舞台の、70年前のお話です。だからテレビでなくラジオなのです。
もとは2009年春のコピー本でした。
ヒントはぷよぷよです。
そのせいか、私の好みか資質か、いわゆるお嬢さまとメイドものにはなってませんはずです。
が、これを紹介してくださった方が「お嬢さまとメイドものです」と紹介してくださって、ガッカリした記憶ありますね。
出羽行ってみましょう。
「赤い屋根の下の不思議な関係」
赤とグレーの混ざった色の屋根をした、バルフィー先生の大きなおうちの広いレッスン室から、ヴァイオリンの音が聞こえてくる。
開けっぱなしの扉から、この音を奏でるカミーユちゃんの後ろ姿が見える。
あたしは、カミ―ユちゃんが練習しているのを見るのが大好き。
技術の方はまだまだなんだけど、すごく真面目に頑張っているから。
真剣な横顔が、綺麗だな。
あ。
カミーユちゃんがこっち向いた。
栗色のボブカットをした後ろ姿が、瞳の大きい甘い、可愛い顔に変わる。家では膝丈のスカート姿。
ステージで演奏する時は髪をあげてドレスアップするけど、それとは全然違う素朴な感じ。
「リリーちゃんまた見てたの」
「うん」
「照れるなあ」
「未来の一流演奏家が育っていくのを見るのってすごく素敵なことじゃない」
「そんな。そこまですごい演奏家になれるかな、あたし」
「なれるよ、きっと」
「そういえば先生は、今頃エレノア女王さまの御前演奏をしているんだよね」
あ、話変えた。
カミーユちゃんが師事しているバルフィー先生は、彼女が数ヶ月前まで通っていた音楽学校の先生にして、世界的に有名な演奏家だ。だから今日も、このグリーンアイランド王国の現女王・エレノア女王さまの御前で演奏する、という栄誉に預かって出かけているのだ。
こうやってとうとうと語っているあたしは何者かと言うと、バルフィー先生の家で働いているメイドである。名前はリリー。
目の前のカミーユちゃんはあたしと同じ16歳で、彼女は音楽学校を同じ年齢の者より早く卒業した。実はとても優秀なのだ。
それは良いけど、年が若いせいか、小さな子供さんの個人レッスンを彼女に任せたい、と思ってくれる良いクライアントが見つからなかった上に、田舎の両親を失ってひとりぼっちなので、バルフィー先生の家に住み込んでいるのだ。
あたしは最近義務教育を終えて、バルフィー先生の家の選任メイドとなったばっかりである。
あたしも両親がいないので、学校が終わるとすぐ、先生がいようがいまいが中に入って、お掃除と夕ご飯の支度をして帰っていたのだけど。
「6時からラジオで録音中継やるから聴こうよ、先生の演奏」
「そだね」
「今日はお掃除、いっか」
「うん。先生が帰ってくるの明日だから、明日頑張ればいいよ」
「へへへ、サボってその分練習と聴き取りレッスンしちゃおー」
カミーユちゃんが来て以来、あたしは仕事がすごく楽しくなった。
実はあたしは、カミーユちゃんに、お掃除やお洗濯、お料理などを教えてあげてくれと、家事の先生の役割もおおせつかっているのだ。指を痛めないように注意しなくてはいけないけど、生活に役立つことを知っていた方が、良い演奏家になれるんですって。
バルフィー先生も貴族出身じゃないからなー。
ぼーん、ぼーん、ぼーん、ぼーん、ぼーん、ぼーん
柱時計が6時を知らせた。
「あっ、ラジオラジオ」
ツマミを廻して、合わせる、
最初はアナウンサーの挨拶だから聞き逃してもいいや。
やがて、雄大なメロディーが流れてきた。
あたしは目を閉じて、ラジオから聴こえる、先生が紡ぎだす音世界に浸った。
隣に座っていたカミーユちゃんと、頭同士がこつんとぶつかる。
ああ、彼女も、目を閉じて聴いていたんだね。
放送終了後、あたしたちは台所で夕ご飯の準備をしながら、興奮状態で先生の演奏を語り合っている。
「あたし目を閉じて聴いちゃったよ」
「今日は一段と素晴らしかったね。にんじんどうするの?」
「絶対カミーユちゃんもあの域になれるから。小さめに切って」
「何十年先の話をしてるのよぉ。こんな?」
と、彼女は、小さめのダイヤモンドのように切ったにんじんを見せてくれた。
「だって今日2曲目で使ってたテクニックなんかもう練習始めてるんでしょ? その調子でね」
「リリーちゃんも弾いてみようよ……」
あたしにヴァイオリンを習うことを勧めてから、黙々と包丁を使い始めた。
ちゃんと正しい持ち方をしてる。
正しい持ち方をしないで怪我をして、ヴァイオリン弾けなくなったら一大事だものね。
お料理は良い生徒さんだ。
にんじんが切りあがる。
「良く出来ました。次きゅうりお願いします。あと火加減も見てくださいね」
「はーい」
「先生の話はつくってからにしよっか」
「そだね」
それから20分、あたしとカミーユちゃんは、ふたりで働いても余裕で動ける広いキッチンで夕飯の支度を続けた。
「アシュトン・フィルはホントにいいよね」
「先生と相性が良いんだよね」
「リリーちゃんホントに楽器やりなよぉ」
「いいよぉ」
メイドであるあたしが、目の前の彼女をちゃん付けで呼んだ上で、一緒にご飯を食べていられるのは、あたしがお料理その他を教えている「先生役」でもあるから。
楽器を教わってしまったら、そのあたりの感覚はなくなりそうで、自分が辛い。
この関係でいたいから、楽器演奏の薦めは断っているの。
先生や、いろいろな、彼女にとっての先達たちの演奏を、緒に聴くことによる感動を少しでも長く分かち合っていたいから。
本来なら身分違いだから、あたしがこういう感情を持つのは錯覚なのだろうけど。
でも、彼女と友達だと思っていたいんだ。
ラジオ中継の翌々日のお昼、バルフィー先生が帰宅なさった。
カミーユちゃんとふたりで出迎える。
「君たちは本当に仲がいいなあ。見ていて和むよ」
背の高い先生にふたりして頭を撫でてもらう。
先生と3人でいるのも。もちろん楽しいけど、もちょっとふたりでいたかった気もするなあ。
先生はあたしに、着ていたジャケットを脱ぎながら言った。
「リリー、今夜はデザートにレーズン入りのケーキ出しておくれ。カミーユは、僕がちょっと休んだら、アルペジオの復習が出来てるかチェックするから、練習しておくんだよ」
先生のこの言葉で、いつもの日常に帰る。
「リリーちゃん、時間があったらまた聴いててね」
というカミーユちゃんのささやきを、内心で大喜びしながら、あたしは通常業務のお洗濯に戻った。