「ざれごと寝言大事なこと」日記#6

西山香葉子という同人者の本性がわかる? ぺーじです。

怪獣ホイホイ参上!

 それは、2学期の始業式の昼の出来事だった。
 日差しが強い日。
「じゃああたし剪定して帰るから」
「わかった。バイバーイ」
 あたしは、暑さのせいで尚更ウザく感じるくせっ毛を、手で梳きながら駅ビルの中へ入っていく。
 くせっ毛で、伸びるというより増えると形容した方が正しいので、散髪することを、植木よろしく「剪定」と表現しているあたしだった。
 めでたく31日いっぱいまでかかって宿題が終わったので、美容院に入っていく。

 髪を切ってサッパリしたあたしは、電車に乗って、郊外にある家への道を行く。
 自宅まであと100メートルくらいのあたり、道のど真ん中に、『それ』は落ちていた。

 あまり車通りが多くないところだけど、邪魔じゃない?

『それ』は、かなりたくさん埃をかぶってる長毛種だった。シルエットが三角形か台形という感じ。
 ウチで飼っている犬のついでに洗ってやるか、と、『それ』を連れて帰ったあたしだった。
 居間の隅にビニールシートを敷いて、『それ』を乗せておく。
「あんたまた何か拾ってきたの?」
「だって道の真ん中にドカッと居座ってんだもん。とりあえず洗ってから考える」
 仕事から、7時頃帰ってきたお母さんをやり過ごす。

 翌日は土曜日で、学校が休みなので、あたしは飼い犬のハナと一緒に『それ』を洗うことにした。
「あー、ハナちゃんもうちょっと我慢してねー、サッパリするからねー」
 小さくキャンと鳴くハナに、
「お前は抜け替わりにはまだ早いかなー?」
 とか声をかけながら洗った後、『それ』を引っつかんでバスタブの中に入れた。
 ハナちゃんはビーグル犬で洗いやすいけど、次に洗う『それ』は……
 毛が長いな……
 長毛種を洗うのははじめてだから、昨夜ネットでググッてもみたけどなんだか気が重い……

 おおっと。
 なんだろこれ。洗いやすーい。
 長毛種なのに抜け毛がないし。
 ということは、これ、犬じゃないのかしら……。
 まさか生き物でさえないとか……?
 謎の震えが背筋に来たその直後。
「……」
 ん?
 なにか声が聞こえるぞ。
「……」
 なんだろう。
 あたしは浴室のアコーディオンドアを開けて。
「おかーさーん、呼んだー?」
 と大声を出した。
「なにするホイ!」
「え?」
『それ』は全身を震わせて水気を飛ばした後。
「なにするホイと聞いてるホイ! 答えろホイ」
 生き物だった時のために、犬と同じ洗い方を選択したんだけど……
 しゃべってる?
「うそーーっっっ!!!」
 あたしは驚きのあまり、それからしばらく洗う手が止まってしまった。水気を派手に飛ばされたことなど、この際どうでもいい(学校ジャージ着てるんだし)。
「呼んでなーい! 麻美うるさーいっ!」
 とお母さんがあたしの名前を呼んだ。

「何をしてると聞いてるホイ。誰に断わってこんな目にしみるものを……」
「寒いホイ」だの「目にしみるだホイ」だのと、語尾に「ホイ」をつけつつまくし立てる『それ』の文句を、聞きながら。
 とにかく、人間サマがお風呂を使う時間が、あまり遅くにずれ込まないためにと考えて、気を取り直したあたしは、『それ』を洗い続けた。

「へえ、もとは白いのか……あ、この黒いのは目なの?」
 洗浄が終わって、犬のハナの隣に『それ』を置いて乾かしているのだが(今日も陽あたりがいいので、ハナは廊下に敷いたビニールシートの上で寝そべっていた)。
「その通りだホイ。この黒いのが目だホイ」
 と、妙にエラそうな『それ』は、あたしとの会話を始めることにしたらしい!
「あんたどこから来たのよ?」
「おう、今度連れてってやるホイ」
「まさか遠くじゃないでしょうね」
「全然遠くホイ」
「否定してんのか肯定してんのかわからーん!」
「そろそろおやすみなホイ。話しかけるなホイ」
「えーっ、なによそれ!?」
「うるホイ」
『それ』はひと声そう言うと、いきなり寝ついてしまった。

 何を食べるかリクエストを聞くと、どこそこのケーキが食べたいとか、妙に街のことを知っていて、ムカつきそうになっていた日曜の夜。
 あたしは相変わらず『それ』と揉めていた。
「オレを連れて行くと絶対にいいことがあるから連れて行けだホイ」
「どうやって連れて行くってのよっ」
「持ち物につけるがいいホイ。そしたらますコット? のふりをしててやるホイ」
「あんた携帯ストラップにつけるには大き過ぎるのよっ」
「それにつけるがいいホイ」
 と言って毛むくじゃらの中から指らしきものを出している。
 何かを指しているらしい。
 ……鞄!? 学校用の?
「あんた鞄より大きいじゃないの。それにだいたい、どうやって鞄につけろってのよ」
「犬の首輪をオレにつけて、その首輪に紐つけて、紐でオレと鞄を繋ぐホイ」
 ……2年前に死んじゃった、ハナちゃんの旦那のクロの首輪が……まだ……あったら?
 拾ったばっかりに変なことになってきちゃったなあ……

 クロの使ってた首輪はまだ物置にあったので、それをあたしの部屋に持ってきて『それ』につけてみると、『それ』は必死になって身を縮めていた。
「っ……やだあんた、ダイエットしなきゃいけないんじゃないのー?」
 あたしは思わず噴いてしまった。
「麻美ぃ……苦しいホイ……」
「じゃああんたウチで留守番してなよ」
 あたしの言ったこのひとことが刺さったのか。
「覚えてろだホイ……」
 力なく呟いた。

 ちょっとかわいそうになったので、朝出かける直前まで首輪からは開放してあげて、その代わり朝ごはん抜きを約束させて、月曜の朝を迎えた。

 そいつをくっつけて家を出て電車に乗って。
 学校の最寄り駅から学校への道で、クラスメイトに声をかけられた。
「麻美おはよー。面白いのつけてんね」
「ははは、拾って洗ったら真っ白だったからさー」
「髪切ったー?」
「うん」
「宿題終わったー?」
「終わったよー」
「えーいいなー」
 こんなやりとりをしながら、いつもの2年A組へ。
 ふと鞄の裏を見たら、それがなんとなくボロッとしていた。
 満員電車にやられたかな。

 事実、「話がしたいから携帯電話を耳にあててしゃべれ」と指定が来て。
「学校についていくなんて言うんじゃなかったホイ……」
というボヤキを聞かされたのよね。
 
 月曜日は塾なので、友達と塾の時間までお茶して、結局そいつをくっつけたまま、コンビニで夕ご飯を買った後、塾のある雑居ビルに入った。
 ここのエレベーターは面白い。
 1階で、地下はないのに、逆三角マークになっているのだ。一緒になったひとと何回「なんでなんでしょうねえ」と話し合ったか知れない。
 とりあえずその逆三角ボタンを押して、エレベーターが来るのを待った。
 あの生き物は黙ってる。どうかしたんだろうか。
 エレベーターが来た。
 乗る。
 ドアが閉まった。
 ドアが閉まった少し後、視界がいきなりぐにゃりと歪んだ。

「えー! いったいどうなってんの?」
「俺サマの国に連れてってやるだホイ。静かにするホイ」
「えー! どうなっちゃうのよー!」
 上下左右の感覚もわからない状態であたしは、ただ頭に両手を当てていた。
「俺を吹っ飛ばすんじゃホイだホイ!」
 という声がかすかに聞こえたけど、やがて、濃いピンクと黒の太いラインが波打って歪んでいる光景から、真っ暗に視界が変化した……

「起きろだホイ」
 ん……?
「起きろだホイ!」
 ん……?
「こ、ここどこ?」
「オレのふるさとだホイ」
 全体に薄いグレーがかっていて、なんだか高価そうな調度がいっぱい並んでいる。
「また連れてきたのかホイ、モイミ」
「モイミってあんたの名前?」
「うるホイ。
 陛下、お久しぶりでございますホイ」
 あたしが言うが、それをシャットアウトして「陛下」に顔を向ける。あたしをここに連れてきたそいつと、そっくりなルックスで3倍くらいでかい「陛下」は言った。
「またあの塾の子かホイ」
「また、って、そんなにたくさん連れてきてホイホイ」
「連れてきてない」と言いたいのかしら。
「とりあえず部屋を用意させる。用意ができたら連れてってやれ」
「かしこまりましただホイ」
 と「モイミ」が言うと「陛下」はその場を立ち去った。
「モイミ」は、
「陛下はここで一番偉い方だホイ。ご機嫌を損ねホイだホイ」
「『損ねるな』と言いたいの?」
「そうとも言うだホイ」

「お部屋の支度が出来ましたホイ」
 同じルックスだがキーの高い声を出すモイミの仲間が現れていった。
「え、すぐに帰れないの? 明日も学校あるのよ」
「まあまあ、ここでしばらくゆっくりして行けだホイ。机やテーブルは猫足だホイ」
 連れていかれた部屋は、天蓋付きのベッドに猫足の机、応接セットも猫足らしい。
「お着替えを用意しますので服のサイズを言ってくだホイだホイ」
 夜会声が言ったので、あたしが「身長158センチ、Mサイズ」と自分のサイズを言うと、すぐにその女性型? は消え、衣類を持って戻ってきた。
エステに連れてくから、そのまま来るだホイ」
 もう何を言われても驚かないぞ。
 そしてしばらく、人間姿のホイ族? に全身を揉まれて、解放されると次に髪を洗ってもらって、それが終わるとモイミが待っていて、
「おう、キレイになったじゃホイかホイ。飲みに行くホイ」
 と言った。
 今度は何だ?
 連れて行かれると ソファがいくつもあり、壁に何か長い川のようなものが走っている、処へ案内された。
「ミュウジック、スタアトだホイ!」
 とモイミが言うと、派手なジャズ? っぽい音が流れて、美人がたくさん現れた。

 ……。
 面白くない。
 美人はあたしに愛想を振りまいていて、モイミとは顔見知りらしく良さそうに敬語抜きで話しているけど、はっきり言って面白くない。
 モイミが表れてから一連の出来事を振り返ると、なんか、昔お母さんに読んでもらった昔話に似ているような気がする。なんだっけ、思い出せない……なんだっけ……。
「なんか面白くなさそうにしているだホイ「
「女の子だからイケメンの方がいいのではホイかホイ?」
「おお、そうかホイ、じゃ、チェンジだホイ!」

 それで、イケメンが来たけど、ひとりちょっと好みの子がいたけど、でもやっぱり、面白くない。
 ものすごく長い時間、女子高生にふさわしくない? 接待を受けてたような気がする。

 時間が過ぎて、眠って、また起きて、またイケメン接待受けて、
時間が過ぎて、眠りにつく頃に、どんな昔噺だか思い出した! 
「浦島太郎」だ!

 気が付くと、もう帰りたくてたまらない。
 浦島太郎は楽しんでたみたいだけど。
 あたしの生まれた世界は、何百年とたっているかもしれない。
「ねえ、帰らしてもらえないかな?」
「帰れる気流になるのが……おお、今日かホイ、じゃ、そんなに言うなら支度するだホイ!」
 洗濯してくれた、着てきた服に着替えた。
「忘れ物ないかホイ?」
「うん!」
「じゃあ行くホイ!」

 見たことのないところに案内された。ピンクと黒が壁になって、動いている風景が広がっていた。
「元気でなだホイ」
「そっちこそ」
 言うとあたしは、瞬間イケメンに変身したモイミに、背中をどんと押された。
 視界がゆがむ。
 やがてあたしは、気を失った。

「ちょっと、大丈夫?」
 目が覚めたあたしは……エレベーターの中!? 
 目の前にいたのは、塾の事務のお姉さんだった。
「香田さん久しぶりに見たと思ったらエレベーターの中で倒れてて……、心配したのよ、ずっと授業も出てきてなかったし」
「あろがとうございました。とりあえず家に帰ります」
 と言って、ビルの外へ出ると、なんだか肌寒かった。
 震える肩を抱きつつ、家に帰る。
 半袖のあたしを誰かが見ているような気がした。

「ただいまー!」
「あんたいったいどこ行ってたの!?」
「麻美ー!」
 お母さんの声が聞こえる。友達が抱きついてきた。
「2か月もどこ行ってたの? あ、あんた髪増えてる! 鏡見なよ」
 鏡を渡されて見てみると、確かに髪が増えていた。
 え? 2か月?
「今何月?」
「11月4日よ! どこ行ってたのよ!」

                         FIN



ずいぶん前に、エレベーターの表示が地下がないのに逆三角だけあるという話をとあるマイミクシィから聞き、その当時ほかのマイミクがはまってた「モイ」という語尾を絡ませて考えてみました。
モイミをキャラデザして表紙にさせてもらって、同人誌にしたいです。