「ざれごと寝言大事なこと」日記#6

西山香葉子という同人者の本性がわかる? ぺーじです。

その他いろいろ

最近いろんなサイトを見るけれど、たまに、「何かを好きなあまりそれに当てはまるものを求めすぎてしまって、他の良さを認められてない」ということになっている人がいるような気がする。
まあ、ノンポリのあんたにはこの気持ちはわからんわ! と言われたらそれまでだけど。

その「何か」はなんでもいいの。
まあ、自分と合わなければ仕方のないことなんだけどね。
あたしだって最近は、よほど面白くないヤツ以外は「合う」「合わない」で借りたヤツは自分で買うか、買ったヤツは売らないで残すか、の決め手にしてるもんね。
あたしは大概のものは受け止めてしまうからな。

ただ、矢沢あいについては「天使なんかじゃない」も面白かったけど、その後の作品の方が面白かったり評価できたりするんだあたしには。なんせいちばん好きなの「下弦の月」だしさ。ついでにいえば、りぼんの王道から外れてても作品がよければ映画界から求められるというのは、これと「耳をすませば」が証明してるよね。後者なんかそこそこ収益上げたでしょ? 「耳をすませば」はりぼんを読まなくなってた時期の作品なんだけど、単行本読んでたらどうなってたかしらん。
そんな時期の「ハンサムな彼女」と「マリンブルーの風に抱かれて」(長げぇタイトルだな→今更)はなんで単行本買って面白がったかというと。
高校卒業間際のある日、近所でりぼんの表紙を見て「ハンサムな彼女」ってタイトルに惹かれたんですわ。「男装の麗人系の女の子の話かな」と想像したのは、ベルばら読んで1年以内だからだね(笑)。
そしたら、結構マニアックな意味がタイトルには込められてたけど、それらの意味を深く知ろうと思わせるものにあふれてた。漫画で何かを教わったと言うのは、りぼんでは珍しい(「月の夜星の朝」のNBAの存在くらいかな)。その後、マレーネ・ディートリッヒの「モロッコ」観に銀座まで行っちゃったもんね(そして痴漢に遭った。怒)。それで古い映画に少し興味を持つようになるのさ。
で、ハンサムの単行本の巻末のお遊び企画がもとで、「マリブル」を買うようになると。
成長を考えるとこっちを好きになるのは当然かな。ふたりとも、りぼんでは主流の作風ではないわけだけど。
同時期、「銀色のハーモニー」は単行本を買ってたけど、終盤の面白さはあるけどあれを早い段階から買ってた決め手ってなんだったんだろう? わからないな。
「銀色」で、似たような展開になった「ママレード・ボーイ」のこと思い出した。
言われてみれば「あれだけ盛り上げといてそんなラスト?」とも言いたくなるけれども、十字架背負ってストレスためて生きるより、その原因がなくなったのなら良かったじゃない。今後の人生をストレスなく生きていけるよ、良かった良かった。という考えに至りました。あの時期はホントにはらはらしてたから、「良かったねー」という気持ちでいっぱいだった。終盤は完全に主人公遊くんでしたよ。あたしその年度のぱふのベストテン、主演男優賞彼に投票したくらいハマってた(笑)。
と書くと、前に書いた「フィクションはフィクション」という考えと矛盾してますね。
「あのラストなに?」って怒る人のほうがそういうひとなのかもしれない。
単にわたしが、読んだものについてよほどのことがなければ文句を言わないヤツ(もしくは真剣に読んでないヤツ)で、そのアタマの悪さを覆おうとする詭弁かもしれない。
いい年して冷静になれよと言えなくもないけど、そんな考えが頭に浮かびました。

そういえばわし、「好きな映画」と問われると「A・I」と「スワロウテイル」と答えるけど、どちらも恋愛ものじゃないな。前者は泣いたのに。

昔あるお話を考えたら、実は血のつながってなかった父と娘が親子関係を問い直す、という感じになって娘に恋の相手を思いつかず、ちょっと悩んだけど、恋愛なくてもいいじゃん、とある時期思えたのだった(父親の名前が「省吾」。笑ってくれ)。
ま、いろいろ見て読んで、キャパシティを広げてます。
仕事でこのアイデア膨らませてくれ、と言われると最低3つは渡されたプロットの穴見つけるんだけど(それくらい真剣に読めって?)