「ざれごと寝言大事なこと」日記#6

西山香葉子という同人者の本性がわかる? ぺーじです。

血族・西山編?

ホントは今日は、アルコールは全くダメなのに、死ぬまでハイライトを離さなかった父方のじーちゃんのことを書きたかった。1986年に確か75歳で亡くなりました。肺ガンでした。(22:03)コメントから転載。

以下4月6日追記
明治41年生まれだから死んだとき77歳かもしれない。ちなみにばーちゃんが死んだのは2001年1月。「BLUEDIAMONDS2001年1月下旬分」参照。ばーちゃんが死んだとき、あの家の歴史みたいなものをチラッと聞いた気がする。

わたしはじーちゃんのことあまりよく知らなかったんだけど、嫁として接した母は「いい人だった」と思っていたみたい。あたしが小さいころ、埼玉の祖父のお姉さんのところへ行った帰りに三鷹にあった我が家へ寄って、なにか魚料理を出したら(いわしの刺身だっけ?)、おいしいおいしいって喜んで食べたんだって。前立腺が悪かったからうちに来たのはそれが最後だったらしい(あたしが小さいころ)。
あたしは小学6年の頃、修学旅行で行った日光で(ちなみにこの時、ワンピースの上にTシャツを着てるように見える。実はTシャツにスカート、というカッコをしている、つくづく母は変わった服を買ってくる)、徳川歴代将軍15人の名前がぐるりと書かれた湯飲みを買って、プレゼントしたら、それから死ぬまでの約3年使ってくれたんじゃなかろうか。使ってるの見たとき、嬉しかった。
孫の中で、あたしは女が5人目で、おまけに遠くに住んでいる。だからばーちゃんとは遠い感じで(向こうから見てもあたしや母は遠かったかもなと思う)、弟は孫の中で唯一の男の子だからちょっと扱いが違ってのではないかと思うし、あたしが孫の中で一番存在感が薄かったというのはありえるから、これは本当に嬉しかったのかもしれない。

ちなみにばーちゃんはあまり好かれてなかった。弟もあまりいい印象を持ってなかったらしいし、母もひどい言い草。だから、昭和53年に亡くなった伯父の奥さんが養子縁組して面倒見てると聞いた時は、「この人は敵に回すのやめよう」と思った記憶がある。まあ、彼女は、母に対しては嫁同士のなにかを感じていたのかも。ちなみに私はばーちゃんを好き嫌い言うほど知らなかった。ただ、彼女に身長を聞いたら、「150センチ」と答えたけど、1年位前に古い、昭和55年ごろの祖母と母と弟とわしで写った写真が出てきて、これが、155,6センチの母と同じくらいの身長だった。母いわく「158センチくらいあったんじゃない?」とのこと(ちなみにこれは母の実母と同じだそうである。わしは会ったことないけど。わしが生まれる前に亡くなったから。医療ミスだったって話も聞いてるので穏やかでないな)。
祖母も女だったんだな、と感じたエピソードでした、が、その手のコンプレックスの家計なんじゃないかこの血筋。