「ざれごと寝言大事なこと」日記#6

西山香葉子という同人者の本性がわかる? ぺーじです。

「あたりまえ」

昨夜いきなり6月15日付のエントリにコメントくださった方がいらっしゃいまして。
その書き込みについて思ったんですが。
ひらめいたので書きます。

この場合、「あたりまえ」って言葉は二通りのパターンに使えるということだと思います。
ひとつは「男の子同士・女の子同士でつきあってる(のを見る)のが『あたりまえ』」。
もうひとつは、なんていうんだろう。某大好きな同人百合小説「A高校シリーズ」みたいに女の子同士でのお付き合いが「あたりまえ」って世界か?(この「おつきあい」には肉体関係ありーのから、親友+αまで幅広い範囲がある、と記されている)。
後者を上手く表現できないけど、とにかくふたつあると思うんです。何か上手い表現方法ないかしら!

およそでも書きましたが、同性愛者が異性愛者を数で上回る日は来ないような気がしているんです。
でも、彼ら彼女らにとっては、同性を恋人に選ぶことの方が「あたりまえ」。
そんな彼らが一生懸命「誰かを好きだということ」。それを応援できる自分でいたいと今は思います。
思春期に女の子が結構経験する女の子が女の子を好きになると言うこと。あれを「卒業」する形が二通りあってもいいんじゃないかと。いや、みっつか。
男の子とつきあって結婚する子と、別の女の子と付き合い始める子、思春期に出会った相手が運命の人で、一生そばにいるパターン(百合好きな人は最後のパターンを読みたいんだろうな)。
ただ、今の自分は最初のパターンの典型的な症例のようなところがあるのが、(ちなみに言いますが、中2の時好きだった先輩が卒業したあとで、2年生から同じクラスだった男の子のことを好きになりましたが、これも片想いでした。「同じクラスにいるのって顔を見るのに苦労しない」から意思表示する気になれなくても満足できたのと、当時わたしはいじめられてて「こんなヤツが恋なんて」というのもあったので)なんとなくイヤですね。