「ざれごと寝言大事なこと」日記#6

西山香葉子という同人者の本性がわかる? ぺーじです。

ぬいぐるみは見た! 人気推理作家密室殺人事件


 今、日本中のニュース番組とワイドショーを独占している事件をご存知?
 当然あたしたち熊のぬいぐるみの間でも、持ちきりよ。
 ほら。
『推理作家大越健太郎氏殺人事件の捜査は遅々として進んでいません……』
だって。
謎が多くて、犯人も、犯人がどうやって大越氏のもとへたどり着いたかもわかっていないの。
でも、あたしたちぬいぐるみの間では、犯人がとっくにわかった上で、騒いでいる。
なんせ。殺人現場見たの。
あたし。
だもんね。


『もしもし?』
『はい?』
『はじめまして』
『例の事件の件ですか?』
『はい』
 ぬいぐるみは、同じ会社が製作したものであればテレパシーで会話をすることができる。それは離れていてもそばにいても同じで。そばにいる場合は違う会社の製作でも意思の疎通をはかることができる。
 おもちゃ屋で種々雑多なぬいぐるみが同居してるから、それによって、ぬいぐるみのネットワークは発展し、今では例の事件を北海道や沖縄の名もなき少女に買われたぬいぐるみでさえ知っているのだけど。
 まあ、例の事件を興奮してしゃべったのはあたしだけどね。
 だから最近知らないぬいぐるみに声掛けれられることが増えた。


 それは12月29日で、その惨劇が起きた千葉県の南部のとある町でも雪が降っていた。
 あたしのご主人は(ぬいぐるみは基本的に、持ち主を「ご主人」と呼ぶ。「さま」をつけないのがあたしたちなりの矜持だ)人気推理作家・大越健太郎の高校1年生のひとり娘である。
 奥さまは仕事があって(某有名百貨店の幹部社員なのだ)、氏はあたしのご主人と2人で千葉県の南部のとある町にある別荘に来ていた。
 別荘は5LDK。
 別荘番のおばあさんは耳が遠い上に、雪が降るほどのこの寒さで風邪をひいてしまっており、あたしのご主人が看病をしていた。お嬢さまと使用人があべこべだったのである。
 あたしは、居間の、豪華な10年物のステレオの上に置かれていた。たまにしか音を出さないので、CDの音がたまに飛び、オーディオ好きの大越氏は(こんな呼び方してるけど愛がないわけじゃないのよ。ただ本来「お嬢さま」と呼ぶべき人間を「ご主人」と呼んでるからなの)、ぼやいていた。
 で、大越氏に「反町君」と呼ばれてた人物がやってきたのは午後8時だったと思う。ちなみにどういうわけかこの「反町君」が警察に呼ばれたという話は聞かない。アリバイがあるんだろうか。
 お金を貸してくれという話をしていて押し問答の挙句、ウイスキーを飲むために置いてあったアイスピックで(お湯割りの準備も置いてあったけど、暖房が効いていくうちに氷を欲していたみたいね)一突きにして殺して、逃げた。鍵がかかっていて、窓も凍り付いていたので、密室殺人いっちょあがりである。そういえば窓にお湯をかけていたような気がするなあ。
 第一発見者は、あたしのご主人である。
 幸いにして、別荘番の春江さんが、死亡推定時刻に意識があったので、彼女は容疑者から外れた。
 以来あたしは、現場維持の方針のせいで東京に帰れないのである。
 

 その頃、捜査本部がある千葉県警某署では、捜査一課の刑事たちが弱り果てていた。
「ホントに参りましたね、作家殺し」
「まったくだ」
「なにか教えてくれるものないかねえ」
「ありとあらゆるものを見ただろ」
「あー。話してくれるなら幽霊でも出てくれ1」
 刑事が叫んだその時、テレビからこんな声がした。
『彼の方針は[事件の真相は物に聞け]です。こうやって手をあてて、物が持っている記憶をたどるのです……』
「これだ!」
「なんですか警部?」
 警部と呼ばれた中年男性は、指をぱちんと鳴らしたところだった。 
「あの部屋にぬいぐるみがあったろ。ぬいぐるみに聞いたらなにか答えてくれるかもしれない」
「えー、なんすかそれ?」
「もう超能力に頼るしかない!」


「この熊のぬいぐるみですか?」
 はじめて見る男性がそう言った。
 1月22日、もう何度もこの部屋を訪れた捜査員たちが、新顔を連れてきた。
「そう。お願いします」
「ぬいぐるみね……うちの娘がぬいぐるみと話せると言ってたことがあるな……」
 と言った男性は、あたしに無言で向き直ると、あたしのおでこに手をあてた。
『人にものを聞こうというのに挨拶もないなんて失礼ね』
 あたしは言ってやる。
 本当はあたしに話を聞いてくれると言うので話したくてうずうずしているのだが。
「……」
『聞こえない。人間の言葉は声に出さないと聞こえないの』
「ああ、すまない。山野孝則だ。よろしく。君に、昨年12月29日の作家殺人事件のことで話を聞きに来た」
 その時、あたしの中でヒューズが飛んだ。


『あのねあのねあのね、反町君て呼ばれてたひとがいてね、
そこの窓にお湯かけてね、ウイスキー飲むのに持ってきてたアイスピックでね、刑事さんお酒飲む? ウイスキー飲むのに大体氷使うでしょ……』
「見たことを順を追って話してくれ!」
 山野氏は頭を抱えてしゃがみこんだ。


 あたしの話により、「反町君」と呼ばれていた人が事情を聞かれ、容疑が固まり、逮捕された。
 死亡時刻が午後11時半で、発見が午前7時半だったため、門から玄関まで飛び石があったんだけど、飛び石についた足跡は雪が溶けて消えてなくなったのも捜査を遅らせていたらしい。
 またこんなことがあったら協力するけど、探偵ものの漫画や小説の主人公じゃないから、二度とこんな事件には会えないだろうなあ。